ハンドドリップを待ちながら味わいたい『ブラック・ジャック』3選

Manga

「ジャパンコーヒーフェスティバル」というイベントがあるのはみなさんご存知だろうか。私は恥ずかしながら、いままで聞いたことがなかった。帰宅途中に駅で見かけた広告チラシ(下記)が偶然目に入ったことで知ったのである。

ジャパンコーヒーフェスティバル2024 in宝塚
宝塚市公式ホームページ

「え!?ブラック・ジャックとコーヒーのコラボだって!?なんて最強の組み合わせなんだ。渋くてカッコよすぎるんだけど・・・」と私の中にある「イベント参加スイッチ」を猛烈に連打してくれた。

もうこの気持ちは誰にも止められない。こうして、私はこの素敵なイベントに初参戦することになった。

ハンドドリップを待ちながら読む『ブラック・ジャック』(以下『B・J』と表記)の味わい深さに幸せを噛み締める。なんて素敵な休日なんだろう‥‥。

コーヒーと『B・J』がもっと好きになる。そんな素敵なイベントであった。

さて、今回私が紹介する名作は、このイベントで出会ったコーヒー店の選んだ3つの『B・J』のエピソードである。

それぞれのエピソードごとに、

●『B・J』エピソードの概要
●お店の出品コーヒーの紹介
●『B・J』× コーヒーの感想

を中心に紹介していく。

まずは今回のイベントである「ジャパンコーヒーフェスティバル」のことを簡単に紹介していきたい。

「ジャパンコーヒーフェスティバル2023 in 宝塚」について

「ジャパンコーヒーフェスティバル」は、日本でのコーヒー文化の普及と発展を目的に毎年開催しているイベントである。

コーヒーを通して地域の活性化に繋げることを目標に日々活動をしている。

そして、今回の「ジャパンコーヒーフェスティバル2023 in宝塚」は、50周年の『B・J』とのコラボ!

「コーヒーチケット(3枚)」を購入することで、最大で3店の異なる喫茶店へ遊びに行ける。このような「喫茶はしご」は普段中々できないため、嬉しい体験であった。

しかも、そのうち1枚はランダムでお店が決まる「運命のコーヒーチケット」。このシステムがとっても面白くてお気に入りだ。

運命的な出会いを果たしたコーヒーは、きっと一生の宝物になる。コーヒーの女神は宝塚にいた。このときばかりはそう思ったものである。

そして、私が1番嬉しかったのはなんといってもこれだ!コーヒーチケットと共に貰える「会場限定パンフレット」。

それぞれのお店のコーヒー紹介はもちろん、自分たちが選んだ『B・J 』エピソードについて語ってくれている宝物のような1冊となっている。

この本を攻略本として上手く使いこなせるか。まさに参加者にとっての挑戦状のようなパンフレットなのである。

それでは、1つ目のエピソードからじっくりと味わっていこう。

お手元にコーヒーの用意があれば、その味わいはより深さを増すに違いない。

ぜひゆっくりと喫茶店のように楽しんでいただければ幸いである。

「侵略者 (インベーダー)」

トップバッターは、私が引いた運命のコーヒーチケット店「自家焙煎 Cafe Kikitano」さん。そこでのテーマが、「侵略者 (インベーダー)」であった。

「侵略者(インベーダー)」概要

週刊少年チャンピオン 1975年12月8日号掲載
https://www.akitashoten.co.jp/special/blackjack40/94

「ぼくのまわりには人間のふりをしてるけど、人間じゃないヤツでいっぱいだ。-だけど、だまされないぞ ぼくは」

手塚治虫 (2005) 『ブラック・ジャック⑦』秋田書店「侵略者(インベーダー)」より引用

これは今回のお話で登場する患者サトルくんの迫真のセリフである。彼の病気は腎臓にできたコブ (ウィルムス腫)。

このまま放っておくと痩せこけて死んでしまう。しかも残された時間はわずか1週間しかない・・・。

この事実をサトルくんに感づかれまいと母親・病院スタッフ一同は必死になる。周りの人間が「人間じゃないヤツ」とサトルくんに思わせた正体であったのだ。

いつも知っているみんなのはずなのに、どこかいつもと違う。インベーダーに入れ替わっているに違いない。そう完全に思い込んでしまったサトルくん。

そこにB・Jが執刀医として現れ、強引なやり方でこの思い込みから目覚めさせる。真実を知ってしまったサトルくんは、どのような決断をするのか。

「自家焙煎Cafe Kikitano」のコーヒー紹介

一般社団法人 日本コーヒーフェスティバル実行委員会 (2023)『第51回ジャパンコーヒーフェスティバル2023 in 宝塚 〜手塚治虫作品と珈琲〜 パンフレット』p.40

「侵略者(インベーダー)」× コーヒーの感想

愛する家族の命があと残りわずかと知ったとき、あなたならどうするか。この選択にB・Jが一石を投じてくれる名作である。

「あと余命は○〇日です」と宣告された患者が、残りの人生を有意義に過ごす様子を描いた『最高の人生の見つけ方』のような作品は有名だ。

本作でのB・Jの持論もかなりそれに近いものを感じる。

「わたしはね、ガンのような治りにくい病気の患者に治りますなどといってごまかすのがきらいでねっ。死ぬ人間にははっきりと死ぬといっとく主義だ。そのほうが残りの人生を有効に使える」

手塚治虫 (2005) 『ブラック・ジャック⑦』秋田書店「侵略者(インベーダー)」より引用

私もB・Jの意見には賛同している。たとえ愛する家族であったとしても、本人の意思を尊重するほうがいいと思うから。

しかし、愛する家族がサトルくんと同じ場面になったとき、全てを伝える自信がないこともまた事実だ。

真実を伝えるとしても、本人が「生きる希望」を見出せるようにできたらいいな。まるでB・Jのように・・・。

自家焙煎Cafe Kikitanoさんの本作をテーマに考案したコーヒーへの思いも、ぜひ紹介しておきたい。

母の思いを込めたコーヒーには、甘みを感じられるブラジルをベースにコロンビアなど計4種の豆を使っています、母の精一杯の思いを込めたコーヒーとサトルが母の淹れたものではないと感じたコーヒー。皆様にどちらの思いが届くでしょうか。

一般社団法人 日本コーヒーフェスティバル実行委員会 (2023)『第51回ジャパンコーヒーフェスティバル2023 in 宝塚 〜手塚治虫作品と珈琲〜 パンフレット』P.40より引用

私の元には、「母の精一杯の思いを込めたコーヒー」が胸の中に染み渡った。

飲みやすく甘みもあると事前に伺っていたため、おやつとして「三笠のどら焼き」をチョイス!もちろん、相性は抜群であった。

たとえインベーダーの淹れたコーヒーであったとしても、私はこんなにも美味しいコーヒーであれば飲んでしまうに違いない。

それぐらい「店主の精一杯の思いが込められたコーヒー」が私の心に届いたのだ。

今回の宝塚会場から徒歩1分に実店舗があるみたいなので、ぜひ今度パンフレットを持参して訪れてみたいと思う。

自家焙煎Cafe Kikitano(宝塚/カフェ) - Retty
こちらは『自家焙煎Cafe Kikitano(宝塚/カフェ)』のお店ページです。実名でのオススメが2件集まっています。Rettyで食が好きなグルメな人たちからお店を探そう!

「ふたりの黒い医者」

続いて選んだのは、私の好きなエピソード「ふたりの黒い医者」をテーマにしていたお店から「にじのわコーヒースタンド」さん。

『B・J』のマンガを片手に注文すると、「あ、『B・J』のマンガじゃないですか!」と優しく話しかけてもらえて『B・J』トークで盛り上がれたのは嬉しい思い出だ。

「ふたりの黒い医者」概要

週刊少年チャンピオン1975年1月6日号掲載
https://www.akitashoten.co.jp/special/blackjack40/94

おまえは金しだいでいのちを助ける おれは金しだいで安楽死をとげさせてやる‥似たようなもんさ

手塚治虫 (2004) 『ブラック・ジャック④』秋田書店より引用

B・Jのライバル「ドクター・キリコ」が初登場する回。上記のセリフにもあるように、まさに2人は表裏一体の関係であるのだ。

今回のお話では、次の2つの物語が同時進行する。

①熱心に看病をしてくれる子どもたちのためを思い、キリコに安楽死を希望する母親の話
②母親の病を治したい一心でブラックジャックへ手術の依頼をする子どもたちの話

オペの時間も依頼料も両者ともに同じである。

この対になる演出が、芸術的な美しさを纏っている。『B・J』の世界観に奥行きを与えてくれる存在。それが「ドクター・キリコ」なのだ。

「にじのわコーヒースタンド」のコーヒー紹介

一般社団法人 日本コーヒーフェスティバル実行委員会 (2023)『第51回ジャパンコーヒーフェスティバル2023 in 宝塚 〜手塚治虫作品と珈琲〜 パンフレット』P.27

「ふたりの黒い医者」× コーヒーの感想

B・Jのように悩みながらも自らの信念を曲げずに歩み続ける気持ちの強さに感銘を受けた。

生きものは死ぬ時には自然に死ぬもんだ‥‥それを人間だけが‥‥むりに生きさせようとする どっちが正しいかねブラック・ジャック

手塚治虫 (2004) 『ブラック・ジャック④』秋田書店より引用

このようなキリコからの挑発に対して、B・Jは次のように返答する。

それでもわたしは人を治すんだっ 自分が生きるために!!

手塚治虫 (2004) 『ブラック・ジャック④』秋田書店より引用

この言葉は「自分の信念を貫き通すぞっ」と気合を入れる人全員が今日から使える名言だ。私も揺るぎそうになったときには彼の言葉を思い出し、自分の軸を見失わずに進み続けることにしようと思う。

本作の完成度はほかの作品と比べても群を抜いて素晴らしい!劇場版が制作されるのも納得のクオリティの高さであった。1話完結のエピソードでこの完成度かと唸ったほどである。

『B・J』では、手術をすることで「命」を繋ぎ止めたにもかかわらず、その患者が何らかの理由で「命」を失う描写が何度も登場する。

「命」とは何か。この答えなきテーマについて常に考え続けてきた手塚先生からの伝言。それを『B・J』を介し、読者の元へと受け継がれていく。

人間の「命」を人間が救おうなんておこがましい。人間 = 医者は神ではない。手塚先生はそのことを読者に伝えようとしてくれていたのだろう。

『QUOTIDIEN MAGNIFIQUE』さんのカヌレと一緒に、この重いテーマのコーヒーをいただいた。

「ふたりの黒い医者」の価値観がそれぞれぶつかり合う深煎のハーモニーに、手塚治虫先生のような温もりでカヌレが優しく包み込んでくれる。そんな至福の体験をさせてもらったなあ。

にじのわ コーヒースタンド powered by BASE
★お店と店主の自己紹介★発達障害(アスペルガー症候群)であり、30年以上渡る両親やその他大人達からの虐待を受けてきた当事者である僕が、自家焙煎させて頂いたコーヒーを販売させて頂いております。僕の障害の特性の一つとして、嗅覚と味覚の過敏があり...
手塚治虫『ブラック・ジャック 4』 (少年チャンピオン・コミックス)

「ピノコ愛してる」

最後は、個人的に看板のデザインに一目惚れした「喫茶 トランク」さんだ。こちらのテーマが「ピノコ愛してる」であった。

お店の中にまさかの「ドラえもん」グッズを発見し、コーヒーの待ち時間がドラえもん談義の時間となったことをよく覚えている。今度は店舗でじっくりと『B・J』談義もしたいものである。

「ピノコ愛してる」概要

週刊少年チャンピオン1974年2月25日号掲載
https://www.akitashoten.co.jp/special/blackjack40/13

B・Jとピノコとの同棲生活が初めて描かれる回!

自分は18歳だと言いきるピノコだが、まだまだ赤ん坊同然だ。ピノコのお転婆ぶりにすっかり手を焼くB・Jのもとに、轢き逃げされた少年が運び込まれてきた。

彼の病状をみると、早急に腎臓移植が必要であることがわかった。しかし、少年の父親は治療費を値切ることばかり考えている始末。

この交渉中に少年の容態が急変してしまう。そのとき、ピノコは自分の腎臓を使ってくれとB・Jに申し出るが…。

果たしてB・Jの下した決断とは。

「喫茶トランク」のコーヒー紹介

一般社団法人 日本コーヒーフェスティバル実行委員会 (2023)『第51回ジャパンコーヒーフェスティバル2023 in 宝塚 〜手塚治虫作品と珈琲〜 パンフレット』P.15

「ピノコ愛してる」× コーヒーの感想

名前を与えるということは、「生」を与えたということ。ピノコのカラダを使うことはこの時点で出来ない。そうわかっているはずなのに‥。

自分の手で息吹を吹き込んだ存在。その存在が大切じゃないはずがない。

今回のお話でB・Jが落ち込んだのは、ピノコの腎臓で代用しようとしたこと、患者の命を助けられなかったことの2つがありそうだ。

ピノコもそんな先生のやさしさに触れ、「ピノコね、先生あいちてる‥‥‥」という名言が生まれるのである。

B・Jの苦悩とピノコの愛情がブレンドされた1杯にレモンケーキを添えるだけで、爽やかな気分になる。

B・Jがブラックコーヒーだとすれば、レモンケーキは愛が芽生えたピノコそのものだ。

苦悩しながらも歩み続けるB・Jの気持ちに近づくために、レモンケーキの注文は外せない。

「レモンケーキ愛してる」。

ホーム | 喫茶トランク

おわりに

コーヒーフェスティバルの本部では、何やら付箋が貼られている秋田書店版『B・J』(連載順に作品が収録されている新装版)が全巻並べられていた。

「もしや…」と思いスタッフに尋ねてみると、

「コーヒーが出ていると思わしきページに付箋を全て貼りましたー♪」

とかなりの熱量を感じる返答がきて思わずニンマリしてしまう。

大変な作業でも当たり前のように準備する。このようなアナログ要素も大切にするイベントは信頼できる。

『B・J』のマンガを片手にコーヒーを待とう。私の直感が即座にそう判断した。

店主との何気ない会話も心地良く、コーヒーの味わい深さを何倍にも膨れ上がらせてくれた。『B・J』を読みながら美味しいコーヒーを飲む。これが今回最大の醍醐味であるに違いない。

そう信じ、私は『B・J』片手にコーヒーの祭典会場を歩き回った。

『B・J』を読みながら飲むコーヒーはもちろん「ブラック」で。

各々のコーヒー店ごとにテーマが決まっており、そのテーマに合わせたコーヒーを味わえたのがとても新鮮で楽しかった。

「これはお客のこちらも手ぶらではいられない」。

そこで、私も負けじとハンドドリップを待ちながら各店がテーマにしているエピソードをとことん味わう。そんな贅沢すぎる読書体験をさせてもらった。

隣には「手塚治虫記念館」があるので、今回出会ったテーマが収録されている『B・J』のマンガをお土産代わりに買って帰ったのもまた良い思い出である。

コーヒー好きで良かった。そう心の底から思えたイベントであった。

『B・J』とコーヒーを巡り合わせてくれた主催者に大感謝である。思い切って足を運んでみて本当によかった。

来年もまたぜひ訪れたい。次回は手塚治虫のどの作品とコラボするんだろう。そんなことを妄想しながら、手塚作品をたくさん読んで待つ気満々である。

参考文献

一般社団法人 日本コーヒーフェスティバル実行委員会 (2023)『第51回ジャパンコーヒーフェスティバル2023 in 宝塚 〜手塚治虫作品と珈琲〜 パンフレット』
手塚治虫 (2004) 『ブラック・ジャック②』秋田書店
手塚治虫 (2004) 『ブラック・ジャック④』秋田書店
手塚治虫 (2005) 『ブラック・ジャック⑦』秋田書店

関連作品:週刊少年チャンピオン2023年第52号「機械の心臓-Heartbeat MarkⅡ」

『ブラック・ジャック』連載50周年の祭典はまだまだ終わらない。なんと、40年ぶりに「週刊少年チャンピオン」誌面に『ブラック・ジャック』がカムバックしたのである。しかも、32Pの新作読切作品で。

作者は手塚治虫・・・ではなく、「TEZUKA2023プロジェクト」。ブラック・ジャックの新作を人口知能(=AI)を使って描いたのである。今回、AIに学習させたデータは、『ブラック・ジャック』のエピソード約200と手塚作品の短編作品のみ。

AIと人間がタッグを組んで、手塚治虫のライフワークである「生命」のテーマに挑む。

大まかな話の流れや登場人物の決定などは、AIが過去作品を基に提案。そして、人間の手でシナリオの練り上げや、ネーム作成をして「マンガ」という形にしていく。これの繰り返しで、「機械の心臓-Heartbeat MarkⅡ」は完成を迎えた。

内容としては、50周年記念作品にふさわしく、『ブラック・ジャック』の集大成のような1作に仕上がっている。ブラック・ジャックが「解決できなかった過去の出来事」や「ドクター・キリコとの対決」まで描かれ、ファンにとっては嬉しいプレゼントと言えるはずだ。

個人的には、巻末の著者コメントにも「AI」が用いられていたのか気になるところ。これはどっちが考えたものなんだ!?

週刊少年チャンピオン2023年52号

それでは、次の名作でお待ちしております。

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