いらっしゃいませ。
「名作BAR」のMasterYです。
マスメディア業界で働く友達への餞別の品として選んだ思い出深い作品です。芸能界のスキャンダルを題材に日本の法廷にメスを入れる物語で、マスメディアに対する黒澤明監督の皮肉が詰まった1作となっています。
それでは、本日の「名作BAR」開店です。
物語の概要
絵描きの青江二郎 (三船敏郎) は、有名な声楽家と宿屋で一緒の部屋にいるところを写真に撮られる。そして、それを熱愛スクープのスキャンダル記事に捏造される。
これに腹を立てた青江は、アムール社に乗り込み、社長を殴りに行く。
そして、これもまた記事にされてとうとう裁判沙汰へと発展していく。
本作の魅力
黒澤明監督の作品はセリフ回しが面白く、かつテンポも良いので登場人物たちの会話劇で笑うことも多い。
本作の蛭田(志村喬)の台詞には所々黒澤明監督の日本の法律に関する批判を垣間見ることができて非常に興味深かった。
蛭田という弁護士を通して日本の法廷にメスを入れている社会派の名作である。その辺りが実に面白かった。
こんなにも昔から芸能人のスキャンダル問題があったのかと驚いたものだ。本作を観ていると、アムール社が「FRIDAY」に見えてしょうがない。
有名人は写真一つ撮られてしまったら、根も葉もないことを好き勝手に書かれてしまうリスクを常に抱えていることが、本作を観ていたらよくわかる。
また、この頃の三船敏郎は本当にカッコよくて惚れ惚れしてしまう。
冒頭の三船敏郎がオートバイに乗って走るシーンからもう引き込まれてしまう。絵描きにしては、大きなオートバイに乗ってイケメンすぎる三船敏郎も悪くない。
最初から最後まで本当に優しくて良い奴であった。若い頃の三船敏郎は好青年役が本当によく似合うなあ。
私の1番好きな登場人物
クリスマスに、キャバレーで蛭田が皆さんも一緒に唄ってくださいとお願いして「蛍の光」を各々自分たちの過ごしてきた1年間のことを反芻しながら合唱するシーンが印象的だ。
これからお店や図書館などで「蛍の光」が流れた時は、本作のことを思い出すことだろう。
「蛍の光」がよく似合うシーンであったことよ。志村喬の酔っ払いおじさん演技が上手すぎて笑ってしまうほどであった。
全体を通して、弁護士の志村喬が意外にもポップな存在で非常に面白かった。
いかにも胡散臭いオーラ全開の危なっかしい人物を演じていて、この人の演技の幅に驚いたものだ。どんな人物でも演じることができるのではないかと思うばかりだ。
正子の存在が本作の物語の鍵を握る。お星様のような子。
青江が「きっと神様が機嫌の良い時に作ったんだな」と褒めるほどとっても良い子である。
父親もこの娘の綺麗な目を直視することがいつのまにかできなくなってしまっていた。すっかり、薄汚い悪党に成り下がってしまっていたのだ。
志村喬が背中を丸めて落ち込んでいる姿が本作では多い。
彼ほどこのショットが似合う俳優はいないのではないだろうか。
これだけ哀愁漂う後ろ姿を演じることができる俳優を彼以外に私は知らない。戦後を代表する本当に素晴らしい役者の1人である。
おわりに
青江は、黒澤明監督の化身であったのだろう。彼の自伝である『蝦蟇の油』に青江のような気分になったことがあるという体験談を語っていた。
「言論の自由ではなく、言葉の暴力だ、と思った」
黒澤明 (2001) 『蝦蟇の油 : 自伝のようなもの』岩波現代文庫
この傾向を今のうちに叩きつぶしておきたい。そんな思いで本作の製作に踏み切ったそうだ。
しかし、それは微力に終わった。『醜聞』は甘すぎたらしい。理由は、悪徳弁護士蛭田の存在だ。
彼というキャラクターが、生き物のように勝手に動き出し、物語の方向性を変えてしまった。
これは黒澤明監督にとっても初めての体験であったそうである。
蛭田という人物は、黒澤明作品の中でも一際印象に残る登場人物の1人であると言ってもいいだろう。
それほどまでに観たものに強烈なインパクトを与えた存在であった。
彼が主役の青江を喰ってしまい、いつの間にか物語の主人公へと躍り出てしまったのだ。
また、蛭田には実在のモデルがいたというのが驚きである。
蛭田のような人物に一度会ったら脳裏に焼き付いて離れないであろう。
黒澤明監督は、本作の脚本を書き出すまで忘れていたみたいであるけれど(笑)。
本日の名作『醜聞(スキャンダル)』
【キャスト】
青江一郎 : 三船敏郎
西条美也子 : 山口淑子
蛭田乙吉 : 志村喬
正子 : 桂木洋子
堀社長 : 小沢栄太郎
すみえ : 千石規子
編集員 朝井 : 日守新一
【スタッフ】
脚本 : 菊島隆三、黒澤明
監督 : 黒澤明
製作 : 本木荘二郎、小出挙
撮影 : 生方敏夫
音楽 : 早坂文雄
美術 : 浜田辰雄
【作品情報】
上映時間 : 104分
製作国 : 日本
製作年 : 1950年
参考文献
黒澤明 (2001) 『蝦蟇の油 自伝のようなもの』岩波現代文庫
関連作品:『金環蝕』
『金環蝕』(1975)
脚本 : 田坂啓 / 監督 : 山本薩夫
こちらは政治家のスキャンダルを描いた名作。昭和40年に決算委員会で問題になった「九頭竜川ダム落札事件」を題材にした社会派作品である。
「金環蝕」の用語説明から作品が始まるのが、また最高にいい。
「まわりは金色の栄光に輝いて見えるが中の方は真っ黒に腐っている」
政治家の動きだけでなく、財界・新聞社・花柳界の動きまで緻密に描いている本作は、物語にリアリティの息吹を感じさせてくれて、非常に面白い。
総裁選挙における派閥抗争が最も色濃く残っていた時代を的確に切り取った名作である。
不正を暴こうと奮闘する人たちが、権力に潰されていく本作は、当時の政治への痛烈な批判を伴ったものであったはず。
「ロッキード事件」、「佐川急便事件」「リクルート事件」など政治家と財界の間での汚職事件は次々と現実世界で起きていった。
今よりも政治にお金が必要であった。その当時の雰囲気を味わえる1作となっている。
それでは、次の名作でお待ちしております。
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